拉致から37年、闘いは続く

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兄・藤田進 拉致から37年
横田めぐみさんや田口八重子さんが拉致される約2年前の昭和51年2月7日、当時19歳だった私の兄・藤田進は川口の自宅を出た後、忽然と姿を消してしまいました。それ以来、家に戻って来なくなってから、今年で丸37年になります。兄は今、56歳。大学1年生で体育教師を夢見ていた兄の失踪の真実が明らかになったのは、失踪28年後の平成16年夏の事です。脱北者が北朝鮮から持ち出した写真に写る人物がなんと、兄・藤田進本人そのものだったのです。衝撃的な事実が28年後に、初めて明らかになったのです。(その後、写真以外にも北朝鮮での目撃証言や実行犯の生々しい告白も・・。)この決定的な写真が、北朝鮮による拉致の証拠であり、兄が北朝鮮で生きていた証です。

国連受理から半年
去年(平成24年)の7月、私はジュネーブ(国連・強制的失踪作業部会)で兄の件と特定失踪者全般について陳述してきました。そのわずか1ヶ月後の8月15日、国連は兄の失踪案件を正式に受理してくれ、北朝鮮に書簡が送付されました。その書簡の内容は「藤田進の人権を守るため、その居場所と安否を明らかにする事」を北朝鮮に求めたものです。この国連からの知らせは、家族にとってとても嬉しい知らせでした。国連が動いてくれたのです。これまでの地道な活動や努力が実を結んだ大きな大きな一歩で、他の特定失踪者家族にも、支援してくれた方々にも勇気を与えてくれた出来事でした。
「国連受理」というのは、国連が兄を拉致被害者として扱ってくれ、事実上拉致認定してくれたことを意味します。その重みを北朝鮮や日本政府にも認識して欲しいと思います。しかし、残念なことに受理から6ヶ月過ぎた現在まで、北朝鮮からの返答はありません。そして、さらに無念なことは、日本政府が兄・藤田進を「拉致被害者」として認定すらしない状態が8年半以上続いていることです。

拉致で捜査調査868人
兄と同じような北朝鮮の拉致が疑われる失踪者を「特定失踪者」と呼んでいます。民間の「特定失踪者問題調査会」が把握する失踪者は全国に約470人います。そして、去年の暮れ、警察庁はその対象者が全国で「868人」にのぼる事を初めて公開しました。政府認定の拉致被害者17人(5人帰国)との桁違いの数の差は一体どういうことでしょうか。実際に拉致された被害者は一体何人いるのでしょうか。認定されている拉致被害者は「氷山の一角」にしか過ぎないのではないでしょうか。北朝鮮による拉致は、50年以上前から実行され、現在も進行中であることを考えれば、私たちの想像をはるかに超える多くの拉致被害者がいても決しておかしくはありません。昔から「神隠し」と言われていた謎の失踪が、実は「北朝鮮による拉致」だったことを思えば・・

質問主意書に対する残念な答弁書
去る、1月26日に有田芳生参議院議員が兄・藤田進に関する質問主意書を提出し、その答弁書が返ってきました。10項目の最後の質問「政府が進氏を拉致被害者と認定しない理由は何か。具体的に明らかにしてください。」に対し、「藤田進氏に係る事案については、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案として、関係機関が連携を図りながら、捜査・調査を推進しているが、これまでのところ、北朝鮮による拉致行為があったことを確認するには至っていない。」が日本政府の公式な答弁です。
本人の写真が日本の家族に届いても、北朝鮮で目撃されても、実行犯の告白があってもこうした無機質で無感性で、無情な官僚答弁を繰り返すのが、今の日本の政治の現実です。どういう思考でこう言う答弁が出てくるのか。まるで、北朝鮮が回答しているのではと錯覚してしまうほど酷い答弁書です。こうした、国民を小馬鹿にした回答を続ける日本の政治の現実に直面する度に、今の日本の硬直した官僚的な体質や制度・構造を変えなければ、拉致被害者の救出は有り得ないのでは、と思うこの頃です。

拉致から37年、国内外の闘いは、今後も続く。(藤田進の弟 藤田隆司)

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