兄の失踪(拉致)から35年

 平成23年の2月7日で、兄が家に戻らなくなってちょうど35年になります。
 兄の写真が日本に届いてから7年経過します。7年前の写真鑑定の結果「兄、藤田進本人である」ことが判明した事で、兄の失踪の本当の訳がわかりました。
「北朝鮮による拉致」だったのだと・・・。
 すぐ、鑑定結果を持って、兄 藤田進を拉致被害者としての認定を、政府内閣府へお願いに行きました。私はすぐに「認定」されると思っていました。しかし、待てども待てども「認定」の話はきませんでした。あまりに何もないので、5年が過ぎた頃、なぜ認定されないのか?を一人で直接聞きに行きました。内閣府の拉致対策本部や外務省の北東アジア課、川口警察署の担当職員の答えはこうです。「認定するのは日本政府だ」と・・・また、「私たちは全力を尽くしてやっています。」と・・・・。それに対して私は「どこまで調べは進んでいて、あと何がはっきりすれば認定できるのですか?」と聞いても、その質問に明確に答えてくれる人はいませんでした。日本の公的機関の対応は事務的で、迷惑そうでした。誠に残念なことですが、これが家族への対応なのです。
認定されている拉致被害者家族とは雲泥の差を私は感じました。
 これだけはっきりした写真の物証があり、証言・告白もあるのになぜ「拉致」だと認められないのでしょうか。家族にはまったく理解できないことです。
 もしこの状況が続けば、兄や認定されていない特定失踪者の人生はどうなってしまうのかという不安を強く感じました。このままではいけないと、平成22年「特定失踪者等の拉致認定を求める会」を立ち上げ、声を上げ始めました。
 「北朝鮮による拉致問題」の中で特に私は、「特定失踪者の問題」を家族として追い続けてきました。5人とその家族が帰国した2002年以来9年、実質的に何も進展していません。拉致問題が進展しない原因はどこにあるのか、なぜ動かないのかを考え続けています。認定が最終目的ではありませんが、「認定」すら躊躇し続ける今の日本はすべての被害者を本気で「救出」する気があるのでしょうか?認定をするのは、北朝鮮ではなく日本です。今の体制の北朝鮮が今後新たな拉致を認め日本に返すとはとても思えません。認定は日本でできることです。その日本でできることをもっともっと推し進めていかなければ・・・・
 日本国内の「認定の壁」を打ち破り、矮小化されている拉致問題を打破し、まだ認定されていない実際に拉致された多くの被害者(数百名)の救出に向け、今後も日本人の一人として私は活動を続けます。

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