特定失踪者の娘との再会がかなわぬまま亡くなった母親の本

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特定失踪(しっそう)者の娘との再会がかなわぬまま亡くなった母親が1冊の本を残しました。

北朝鮮による日本人拉致問題は、大きな進展もなく年を越そうとしています。こうした中、特定失踪(しっそう)者である娘との再会の願いがかなわぬまま、2010年10月に亡くなった母親が、1冊の本を残しました。古川朗子さん著「歩み来し道」より。「了子への詫(わ)び状。のりちゃんごめん、ごめんなさい。子ども8人みんなみんなつらい思いをさせたけれど、中でもあなたが一番運命悪く引き込んだでしょうか」2010年10月28日、娘の帰りを40年近く待ち続けた1人の母親が亡くなった。古川朗子(さえこ)さん、享年94歳。1973年7月7日に行方がわからなくなった特定失踪者・古川了子(のりこ)さんの母親。朗子さんは、千葉市内の駅前で了子さんと待ち合わせをし、浴衣を買いに行く約束をしていた。しかし急きょ、了子さんからキャンセルが入り、その後、了子さんの行方がわからなくなった。了子さんの姉・竹下珠路(たまじ)さん(66)。珠路さんは「わたしの娘と一緒に撮った写真なんです。この娘がもう、今39歳になってますので、それなりの年月がたっているってことですよね」と語った。珠路さんはこれまで、朗子さんに了子さんを一目会わせようと、集会への参加や陳情など、懸命の救出活動をしてきた。朗子さんは、了子さんの思い出の品を大切にし、親としての思いを書き記していた。珠路さんは「了子に対しての手紙で、『のりちゃんごめんね』っていう文書から始まって、裏表たくさん書いているんですよね」と語った。竹下さんは、朗子さんがつづった手紙や日記を1冊の本にまとめ、自費出版することにした。古川朗子さん著「歩み来し道」より。「何か事故かと思ってずいぶん探しました。占いにも見てもらいました。でもみんな生きてますよと言うばかり」珠路さんは「泣き言だとか、泣き顔だとか見せることはほとんどない母だっただけに、つらい思いをいっぱいしながら書いたんだなと思うと、何かね、胸が締めつけられますね」と語った。古川さんは、拉致認定を求めて行政訴訟を行っていたが、2007年、拉致問題に国が全力で取り組むことを条件に提訴を取り下げた。しかし、政権交代を挟んで担当大臣は目まぐるしく交代。進展が見られない拉致問題に、残された家族らは悲痛な叫びを上げている。拉致被害者・横田 めぐみさんの母、横田 早紀江さんは「またお1人、亡くなってしまわれたのかなという思いが強いのと、政治に携わる方は、もしも自分がそういう立…
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