新潟県青海町の藤田進さん 失踪から45年目の春

 今から45年前の昭和40年3月26日、新潟県立糸魚川高校1年生(当時17才)だった藤田進さんが消えた。本人の誕生日(3月25日)の翌日、あってはならない出来事が起きてしまった。新潟県青海町の藤田進さんは特定失踪者問題調査会http://www.chosa-kai.jp/index.htmlの調べで、拉致濃厚と判断されている1000番台のひとり(下記3人の中央)。公開されている失踪者の中に、藤田姓が3人いる。失踪順に
 藤田慎(昭35年)藤田進(昭40年)藤田進(昭51年)
 なんと不思議なことに、同姓同名の特定失踪者「藤田進」が2人いるのだ。これは、偶然なのだろうか?左の藤田慎は一番右の藤田進のおじにあたる。(3人共、拉致濃厚の1000番台の特定失踪者・平成22年3月現在)
 私(昭和51年に失踪した藤田進の弟)が約7年前「調査会」へ届けを出した際、兄と同姓同名の失踪者がいることを聞かされたとき思わず「うちの兄貴ですか?」と聞いてしまい、調査会荒木代表が「別人です」と答えてくれたことを思い出す。
 
 
 平成22年3月25日は、新潟の藤田進さんの62歳の誕生日。17才で失踪し(おそらく北朝鮮による拉致)その後45年もの間、どこで何をして(させられて)いたのでしょうか?人生の4分の3を本人の意思に反して、人生を狂わされている。自由を奪われている。それも、人の手によって。
 その母、藤田フミさんは89歳になっている。我が子と離れ離れになって45年目の春、母フミさんは何を思い、進さんは何を思っているのだろうか?
 
 今週末3月27日(土)、同姓同名の新潟県の藤田進さんの母 フミさんら家族を励ましに新潟県糸魚川(大町ルートの最先端の一つ)に行くことになった。
 後日その報告を・・・
 
大町ルート(北朝鮮への物資輸送ルート)上に特定失踪者が極めて多い(資料作成 高野美幸さん)
 
 
 
 
カテゴリー: 拉致問題 パーマリンク

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