41年前に消えた17才の女子高生 国井えり子さん

 特定失踪者問題調査会の失踪者リストの中の1000番台の一人 国井えり子さん(当時17歳・高校2年)が今から41年前に消えた。あってはならないできごとである。 調査会の公開情報によると


 
氏名

国井 えり子

失踪年月日 昭和43(1968)年12月12日
ふりがな くにい えりこ 生年月日 昭和26(1951)年10月11日
性別 当時の年齢 17
 
失踪場所 北海道網走市内の自宅から
失踪状況は
 失踪する数日前から、家には「学校へ行く」と言って出かけていたが、家族が仕事に出かけたあとで家に戻り、自分の部屋に閉じこもっていた(知人の証言)。失踪した日の午前7時30分頃、「学校で試験があるのでいつもより早く学校へ行く」といってみかんを半分だけ食べて自宅を出たまま行方不明。失踪時の服装は高校の制服。普段かけていた眼鏡は部屋に置かれたままで、日記も2冊あった(日記は警察に提出し、その後処分された)衣服などは持ち出した形跡はなかったが、アルバム(写真)がなくなっていた。高校生だったのでお金もそんなにもっていない。家のお金にも手をつけていない。失踪後、数日してから無言電話が3~4回かかってきた。家族が出ると一方的に切れるものだった。同様の無言電話が複数の親戚のところにもあった。
脱北者がもたらした写真が、国井えり子さんである可能性がある。
平成17年9月30日、北海道警に告発状を提出。


17才当時の国井えり子さん
1000番台
脱北者がもたらした写真


 当時高校2年の少女 国井えり子さんが何者かにをさらわれて北朝鮮へ連れていかれたことが、ほぼ明らかになっている今、警察や日本政府がこの写真の存在を知らないわけが無い。
私の兄 藤田進の写真や加瀬テル子さんの写真が北朝鮮から日本にもたらされて早や5年になる。
 これらの明らかな物的証拠が北朝鮮から持ち込まれている失踪者の失踪の理由は、北朝鮮による拉致以外に何があるというのだろか?
 政府認定が遅れれば遅れるほど、関係する部署の責任者の責任が問われるだけでなく、その存在の意味も問われる。さらに、仕事をしていないと思われるし、世論の怒りが今後大きくなるに違いない。その矛先がどこに向けられるかは当事者が一番わかっているはずだが・・・
 
 拉致問題の風化を防ぐ為にも、早く政府認定されれば世論も応援するはずである。どんな人間にも限りがある。
失敗や間違いを恐れて何も進まないでいるよりも、認定することでどれだけ家族が力を勇気をもらえるか、関係者には家族の気持ちや限りある年令のことも考えて欲しい。亡くなってからでは、遅すぎる。
 
 国井えり子さんは今58歳になっている。
 

 
カテゴリー: 拉致問題 パーマリンク

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