11/24に消えた9人

 特定失踪者問題調査会の【公開リスト内検索】を利用して、11月24日 と検索してみると、何と6名もの特定失踪者が瞬時に画面に現れる。
その6人とは4人の漁船員と会社員そして女性記者です。
 4人の漁船員は同じ船で漁に出たまま戻っていない。調査会の公開情報によると

失踪年月日は昭和52(1977)年11月24日
失踪場所沖縄南方海上。
失踪状況乗組員7名が失踪。マグロはえなわ漁船第8協洋丸(19.9トン)で泊港を出航。波照間方面で操業後、11月18日平良漁港に入港。11月24日、平良港で燃料補給し出航。船長、漁労長の話では北緯10度くらいまで下がって漁をすると言っていた。台風20号が失踪海域(フィリピン北東)で発生していた。12月20日頃帰る予定が戻らず。第11管区保安本部が海、空から捜索したが、船影、浮遊物など手がかりは全くなし。


公開されている失踪者は以下の4人
金武川栄輝さん牧志孝司さん田島清光さん儀間隆さん
ですが、船と共に7人が失踪しているので、他に3人いることになります。
遭難か北の拉致か?未だに、その真相は解明されていない。
 
 さらに昭和63(1988)年11月24日沖縄出身の青年が大阪で失踪
崎山実さん
 
そして、平成10(1998)年11月24日三重県伊勢市内で失踪した雑誌社記者
辻出 紀子さん
失踪状況】1998年(平成10年)11月24日、午後11時ごろ、勤務先の三重県伊勢市神田久志本町の出版社「伊勢文化舎」を出た後、行方不明。翌日、会社近くの損保会社の駐車場(当時、現在は自動車会社)で本人の車が発見された。車は荒らされた様子はなかった。ただし、車内にタバコが一本残っていたこと(本人はタバコを吸わない)、車の座席が後ろになっていたこと(本人の身長と合致しない)、カーステレオのスイッチが切られていたこと(本人はいつもスイッチをつけっぱなしだった)から、本人ではない第三者が車を移動した可能性がある。前日までタイに旅行に行っており、帰国したばかりだった。失踪の直前、取材で知り合った尾鷲市在住の男性から数度本人に電話があり、その男性と駐車場で待ち合わせをしたと推測されている。同男性によれば、「自分の車の中で取材の件で辻出さんと1時間ほど話をして、別の海岸に近いところで辻出さんを降ろした」というものだった。三重県警は、同男性を被疑者として別件(別の女性の拉致監禁容疑)で逮捕したものの、裁判で無罪となった。同男性は「無罪になれば全てを話す」と語っていたが、その後一切の証言を拒否している。


この方々がすべて北の拉致であって欲しくはないが、失踪状況から北の拉致の匂いがぷんぷんするのは疑い過ぎであろうか?
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