拉致被害者であり被害者家族でもある曽我ひとみさんの言葉

集会には、帰国した拉致被害者の曽我ひとみさんも出席し、いっしょに拉致され、その後、安否がわからないままの母親のミヨシさんについて「大切な母親ともう一度笑いながら話ができる、そんな日をわたしに下さい」と訴えました。そのうえで、「北朝鮮で昼も夜もなく助けを待っている人たちが、日本で笑って過ごせる日が来るよう力を貸してほしい」と求めました。

http://www3.nhk.or.jp/news/k10013797231000.html


拉致被害者であり被害者家族でもある曽我ひとみさんの言葉です。

 ひとみさんが拉致された時にお母さんは日本にいると北朝鮮の関係者から言われ、それをずっと信じていた曽我ひとみさんが日本に戻ってもお母さんは居なかった。
 北朝鮮関係者は嘘を言っていたことになる。その嘘を信じ必ず母に会えると思っていたのに会えなかった。
 わたしは、曽我ひとみさんを見ていると素朴で純真なこころをもった平均的な日本人の姿を感じる。こうした日本人を平気でだまし、拉致しても悪いことと思っていない悪質な人間が日本にはいる。ひとさらいを犯罪だと思っていないから、平気でひとを騙し、うそをついても何も感じないとんでもない人間が私たちの身のまわりに今もいることを日本人はそろそろ気づいて欲しい。曽我さん親子を拉致した犯罪者が今でも、逮捕すらできないで、のうのうと日本で暮らして居られる日本って、安全で安心な社会といえるのだろうか?
 曽我ひとみさんの言葉を、日本人はかみしめて欲しい。
大切な母親ともう一度笑いながら話ができる、そんな日をわたしに下さい
北朝鮮で昼も夜もなく助けを待っている人たちが、日本で笑って過ごせる日が来るよう力を貸してほしい
右の上段は、1978年8月12日に拉致された当時の曽我ひとみさん(19歳)と母親のミヨシさん(46歳)。中段左は、新潟県警が公開した曽我母娘拉致実行犯のひとりである「金ミョンスク」の似顔絵。中段右は、「金ミョンスク」の弟で、1978年のチャイコフスキー国際コンクールのバイオリン部門で4位に入賞した「金ソンホ」
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