ノリピーと総選挙に埋没する拉致問題

 

  今回の総選挙の争点は、マスコミ主導による情報操作が働いているように思える。それぞれの立場や自分の利害に関係する論調が目に付く。中には、世論誘導とも思えるマスコミ幹部の傲慢な独善的な姿勢が伺える新聞もあるし、小さなことには文句を言うが、大きなことには文句を言わない日本人の悪い癖をあちこちで感じる。目先のこと、解かり易いことには関心が向かうが、国家の本質についての論争や争点がないといっていい。変化を求めているには違いないが、政治が流行であってはいけないと思うし、政治家には重い責任と義務があることを忘れないでもらいたい。政治家には芸能人とは違う別のものを期待しているはずである。

 国家の本質はその構成員である国民。その国民の多くが、数十年間も拉致・監禁・拘束され続けているのに、ほとんどの政党政治家は拉致問題を語らない。国家の存在意義の原点が国民の生命を守ることにあるのに、今その生命・安全や人権すら守られていない多くの被害者が、北朝鮮に拉致され続けていると言うのに・・・・。

 過去、人権人権と言っていた政党や人ほど、この拉致問題を避けている。全く理解に苦しむ。人権侵害の最たる人さらい(拉致)は人権問題ではないのでしょうか?

 世間では、ノリピーや総選挙の話題で盛り上がっているが、芸能ネタはもういいから もっともっと大事な記事を書いて伝えて欲しいと、報道関係者に言いたい。公共電波を有効に使って欲しいが、悲しいかな視聴率という大きなノルマ・課題がある。民間企業にとって、利益につながらないネタは後回しにならざるを得ない。その典型が「拉致問題」である。マスコミが取り上げないのであれば、情報をこちらから発するしかないのか・・・・・・

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