浦和西高のなぞ

 昭和53年に拉致された田口八重子さんと昭和52年に失踪した新木章さんは同じ高校(川口商業・現 県陽高校)の出身である。しかも、若干の時期のずれはあるが、同じ地域(池袋・西口)で働いていた。職場は300mしか離れていない。しかも、2人の家庭は典型的な川口の家庭で、共に父親が鋳物工場で働いていた。私の父も鋳物工場の工員だった。失踪者の周辺情報を丹念に見ていくと、何らかの共通する情報が隠されている。
 その中でとりわけ気になる特定失踪者がいる。それは、私(藤田進の弟)の母校でもある浦和西高出身の二人の失踪者だ。
 昭和47年に失踪した鈴木賢(まさる)さんと平成3年に失踪している小野寺将人さんだ。

失踪場所 埼玉県三芳町の自宅を出て
失踪状況 会社のレクリエーションに行くため朝6時に家を出て以来行方不明。レクリエーションには行っていない。職場、大学時代の友人も心当たりなし。

失踪場所 富良野
失踪状況 富良野ラベンダー祭に登別駅からレンタカーで出発し、その後消息を絶つ。1泊2日の予定だったがホテルが取れず車中泊。同21日室蘭警察署に捜索願いを出す。10月26日十勝岳中腹のホテルの駐車場でレンタカー発見。免許証は見つかっていない。銀行預金も引き出されていない。北朝鮮にいるとの不確定情報がある。
 
鈴木さんは浦和西校を卒業して5年目、小野寺さんは6年目に失踪している。
さらに同じ埼玉県大宮出身の北海道で失踪した矢島克己さんの お兄さんも同じ、浦和西高の出身であることがわかった。
特定失踪者で2人、失踪者家族で2人。この事実は何を意味しているのか?
4人の高校での在籍期間が重なっている人はいない。
カテゴリー: 拉致問題 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中