拉致問題の核心とは?

 拉致問題を考える・・・というタイトルの付いた集会がこのところ増えているように感じるし、事実きのうも北海道で「拉致問題を考える道民集会」が開催され、飯塚耕一郎さんの講演での発言が大きな反響を呼んでいる。では、拉致問題とはいったいどんな問題を内に秘めているのかというと、立場によってその見解が分かれる。特定失踪者の家族という立場で感じるのは、拉致問題の核心は特定失踪者の問題ではないのか?と思うようになりつつある。失踪の理由が拉致だと断定できる場合はよいが、もし拉致でなかったならば問題はさらに深刻であり、他の特定失踪者の家族や調査会への不信につながる。失踪者本人が名乗り出てくればそれはそれでよいことなのだが、出てこない場合、しかも失踪の原因が北朝鮮による拉致でないならば、いったい何が原因で失踪したのかをさらに追求せざるおえなくなる。特定失踪者の家族でも様々な微妙な立場の違いによって行動や発言が異なる。調査会から拉致濃厚の1000番台と判断された失踪者家族は徐々に活動の前面に出て、自らの思いを言える様になる。私もその一人だ。もし、兄の失踪の理由が拉致ではなかった場合のことを思うと想像するのもやになるが、おそらくバッシングを受け、調査会にも迷惑をかけたことをどう償えばよいのか、さらに他の失踪者家族とのこれまでの関係が切れることになる。また、0からのスタートである。考えるだけでも空恐ろしいし、その重圧に耐えられるのかは自分も自身がない。だから、発言には注意しているのだが、なかなか前に進まない拉致問題を思うとついつい出すぎた行動や発言になってしまう。私の出すぎた行動に対してぜひ、率直な意見を伺いたいと思っている今日この頃です。

 今日も毎月恒例の川口駅前署名に参加します。
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