兄 藤田進 今日で53歳 

 私の兄 藤田進 がここ川口の自宅で誕生したのが、昭和31年6月16日。今から、33年前のことです。よって、生きていれば、今日で53歳になります。
失踪してから(拉致されてから)、33年と4ヶ月。生まれてから、19才の大学1年生の2月7日まで、日本で生活をしていました。将来、体育の先生になることを夢見ていた青年でした。失踪の4年前に最愛の母を病気で亡くし、父、兄、弟の私の男3人の生活をしていました。弟のわたしは、1歳下で、幼いときから、いつも兄にくっついて遊んで、多くの影響を自然に受けて、兄のまねばかりしていました。でも、何をとっても兄には勝てず、追いつくことが出来ませんでした。たとえば、水泳は速かった。小学校の時、全国大会で6位入賞、中学ではバレーボール部のキャプテンでなぜか、相撲の大会で県2位、生徒会長も勤めた。高校では、ギターを始め、あっという間に「アルハンブラ宮殿の思い出」という曲をすらすら弾いていた。どこで覚えたのか知らないが、家ではギターばかり弾いていて、今でもその当時の曲が思い浮かぶ。地元の塾の先生も経験していた。
 とにかく、何をとっても 弟のわたしから見ても、とても追いつけそうに無い兄でした。そんな兄が、ある日を境に消えてしまったのです。それが、33年前の昭和51年2月7日でした。それから、残された父と私は、右往左往の日々。兄はこの世を捨ててどこかへ行ってしまい、もうこの世には存在しないとずっと思い続けていました。
 ところが、5年前に1枚の写真が日本に届き、鑑定の結果、本人 藤田進 であることが判明しました。兄は生きている。兄の失踪のげんいんが28年目にしてはじめて、北朝鮮による拉致 だったことがわかったのです。
 私は唯一の弟として、兄の救出帰国に向けて、何でもやっていこうと思っています。皆様、ご協力をお願いします。そして、すべての拉致被害者の帰国救出を目指します。
上の Media Player のボタンをクリックすると、6年前のわたしの話が動画でご覧になれます。調査会に届け出た当時の話です。よろしかったら、見てやってください。
 
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