人はいつか必ず 死ぬ

 今日のニュ-スで驚いたのは、ノアの三沢社長が試合中、意識不明になって、そのまま息を吹き返すことなく亡くなってしまった。とのこと。報道では殉職とされているが、自分の仕事中に命を落としたのです。プロレスの黄金時代、馬場猪木をテレビで夢中になって見ていた世代として、哀悼の意を表したい。
 馬場亡き後を受け継ぎ、体を張って日本のプロレス界を背負って、その道を歩んできた三沢社長には敬意を表すると共に、人の命は限りがあるし、命を懸けて取り組むその姿勢に,見ている人の心が動いたのだと思う。私もそのひとりです。
 私は、拉致問題を主要なテーマにしていますが、この問題を突き詰めていくと、人の命の問題にぶち当たる。人には命があること。どんな人生を歩もうとも、必ず人はいつかはこの世から消えることは間違いない。その、死にざまがその人の人生そのものである場合は幸せである。三沢社長の死は残念で、本人も無念であったろうことが想像されるが、その死は決して意味の無いものではないし、今後のプロレス界を成熟させていくためにも、生かして欲しい三沢社長の死ではある。合掌。
 拉致被害者も日本で普通に生活していた人で、自分の目標に向かって人生を歩んでいた人ばかりです。そんな、ごく普通の人生を ある日突然中断させられ、自分の意思とは無関係に拘束され続けているのです。本来持っている人の自由を奪われしまった人たちです。自分の好きな場所に行って買い物をするとか、好きな映画を見にいくとか・・・日本では当たり前のことが許されないのです、北朝鮮では。
 人の命には限りがあります。どんな偉い人も、偉くない人もそれは同じです。自分の人生を自分の存在を知ってもらったり、思いどおりの人生を歩めた人は幸せです。三沢社長の死は非常に残念ではあるが、自分の思いどおりの人生を歩んだ意味では幸せな人生であったと、私は思います。
 ただ、生きているのかも、死んでいるのかも、その消息さえ分からないのが、まだ帰国していない北朝鮮による拉致被害者です。その数、数百以上。
 何とかせねば・・・・・
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